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イップスに悩んだ経験から研究を深め再び野球界へ

★これまでのキャリア
●1998年 6月26日に千葉県佐倉市で生まれる
●2016年 千葉ロッテマリーンズにドラフト3位指名を受けプロ野球界へ
●2019年 現役引退。翌春に国学院大へ入学。
●現在 一昨年4月から慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科へ進学しスポーツバイオメカニクスの研究を進める

★順風満帆だったアマ時代

父とキャッチボールをするなど自然と始めた野球。小学生の時は捕手、中学生の時から投手を務めた。「レベルの高いところでやりたかったので」と強豪の佐倉リトルシニアで腕を磨き、高校は東海大付属望洋高(現東海大付属市原望洋高)へ。

甲子園出場こそならなかったものの「学年を重ねるごとに自分のレベルも少しずつ上がっていった感覚はありました。結果もそれなりに出ていたので、振り返ると順調だったと思います」と振り返るように、侍ジャパンU-18代表にも選出された。

「夏の大会が終わった時は大学に進もうと思っていました。でも、代表に選んでいただいてプレーして“プロでもやれるかもしれない”と“挑戦したい”と思いました」

一転プロ志望となり、ロッテからドラフト3位で指名を受けプロ野球の世界に飛び込んだ。

★「環境の変化」に馴染めずイップスに

しかし、プロ入り後、思わぬ壁にぶつかった。
高校までは自信のあったコントロールが定まらなくなった。1年目の夏には、いわゆる「イップス」(※)の状態にまで陥った。
※スポーツなどで「これまで普通にできていた動作が、極度の緊張や心理的要因で突然できなくなる」運動障害のこと

「心理的なストレスがあったんだと思います」
初めての寮生活。1人部屋でこそあるが、年齢も立場も異なる選手たちとの集団生活。「仲間であり、同時にライバル」という関係性。「これまでの価値観とは全然違いました。“チームで一緒に戦う”という感覚が強かった自分には、その空気がすごく違和感だった」と振り返る。
その後の状態は一進一退。「波が激しくて、安定しなかったですね」と話すように、制球が暴れ始めると、ボールはとんでもない方向に行くことも珍しくなくなっていった。

プロ生活は3年間。イップス発症後の2年間は「チーム内ではなかなか相談しにくい部分もあったので」と大学の心理学の教授など専門家と協力しながら改善に取り組んだ。2年目の中盤には実戦復帰を果たし、3年目の春季キャンプには一軍にも招集されたが、ペナントレース期間中は一度も一軍昇格を果たせず、戦力外通告。育成契約の打診を受けたが、それを断り、現役を退く決断を下した。

★「知らないことを知れるのが純粋に楽しかった」

引退後は国学院大と一般社団法人日本プロ野球選手会が、引退後のプロ野球選手の支援を目的に締結した協定による「セカンドキャリア特別選考」に合格。人間開発学部健康体育学科に入学した。
体育系の学部ではあったが入学当初は「試合もほとんど見ていなかったですし、野球からは距離を置いていました」という
ここで再び転機となったのは授業で出会った「スポーツバイオメカニクス」だった。
「動作を定量的 に評価する分野があると知って、すごく面白いと思ったんです。野球を“学問として研究する”という発想が新鮮でした」

ゼミの神事努教授のもとで研究を深めていった。
「知らないことを知れるのが純粋に楽しかった。自分が成長している実感があるところは、野球と通じる部分がありました」

高校時代までの成績は「可もなく不可もなくくらいでした」と振り返るが「野球だけやらせることはなかった」という両親の方針もあって苦ではなかった。
なによりも「知らないことを知れるということが、できなかったことができるようになるという野球の楽しさと通づるところがありました」と、前向きにどんどんと携わるようになっていった。

★研究と現場を繋げたい

在学中には、の「クオリティコントロール」という役割を与えられ侍ジャパン社会人代表の活動にも関わった。
「選手にフィードバックをしたり、研究の知見を現場でどう生かすかを考えたり。研究と現場がつながる感覚を実感できました」
その経験が、さらなる研究への意欲につながり大学院進学を決意。
現在は慶應義塾大学大学院修士課程2年として修士論文の執筆に追われる日々を送っている。英語の論文を読んだりプログラミングを書いたりなども必須となるが、成長の実感が大きな原動力。現役時代の貯金と、飲食店でアルバイトをしながら貯めたお金でオーストラリアとアメリカへ語学留学にも行くなど充実の生活を送ってきた。

修士号を取得した後は、自身がしてきた経験と研究の成果を野球の現場に還元していく方向だ。
「自分の研究テーマであるイップスは、現役時代の経験がベースになっています。当時はそんなこと思えませんでしたが、今のライフワークとして生きています」

現場と研究の間にあるギャップを埋めたいという思いも強く、プロ野球選手としての経験があるからこそ、現場に伝わることもあるはずだ。

★セカンドキャリアを考える現役選手へ

最後に現役選手へのメッセージを聞いた。
「野球以外の興味を持っておくことは大事だと思います。何でもいいんです。後になって、思わぬ形で生きてくることがあります」
自身の場合は苦しい経験をしたがゆえに身体の仕組みへの興味を現役中から持っており、幼少期からパソコンに触れていたことも今に生きている。
「視野を広く持って、いろいろ知っておく。それだけでも全然違うと思います」

プロ野球選手として味わった大きな挫折。言葉では簡単に言い表せない辛いものではあったが、その経験があったからこそと思える今が島さんにはある。

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