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プロ野球出身初の公認会計士 苦難の日々で気づいた「現役時代の経験こそが引退後のスキルになる」ということ

★これまでのキャリア
●1979年 岐阜県多治見市に生まれる
●1998年 プロ野球の阪神タイガースにドラフト6位で投手として入団
●2002年  引退し、飲食業界にチャレンジするも失敗
●2004年  公認会計士試験合格を目指すことを決める
●2013年 9年目の挑戦にして公認会計士試験合格。元プロ野球選手としては初めて難関を突破。
●現在  公認会計士のほかにもアスリートデュアルキャリア推進機構代表理事、株式会社スポカチ代表取締役社長、株式会社メンバーズ 取締役常勤監査等委員、日本障がい者サッカー連盟 や全国野球振興会(日本プロ野球OBクラブ)の監事 を務めるなど多岐にわたって活躍

★後悔の残る4年間

「今思うと、もったいないことをしたなという気持ちです」
 プロ4年間をそう振り返る奥村さん。多くの野球少年 と同じように「プロ野球選手になりたい」「甲子園に出たい」という思いで、野球に取り組んできた。
 普通科の高校ではなく土岐商高への進学、内定をもらっていた社会人野球のJR東海ではなくプロ野球の阪神への入団。この2つは両親の反対を押し切ってまで貫き、甲子園出場にはあと一歩届かなかったが(県大会準優勝)、プロ野球選手になるという夢は叶えた。
「でも、プロになりたいという目標を達成した後に満足してしまったところがありました。さらに目標を立てて積み重ねなければいけなかったのに、慢心していた。もう少し頭を使って逆算しながら練習や試合に取り組んでいたら結果は違ったのではないかという後悔があります」
 故障に悩まされたとも言えるが「かっこよく言うとそうなのですが、結局は怪我をしてしまうような自己管理しかできていなかったんです。プロとしてやるべきケアを怠っていたり、言われるがまま練習してしまったりした結果です」ときっぱり語る。
 4年目に戦力外通告、打撃投手として球団には残してもらったが、「衝撃的な2年連続解雇でした」と振り返るように1年で契約満了。他球団での契約を模索する案も提示してもらったが断り、野球の世界を離れることになった。
「シーズン後半には投げ方も分からなくなってしまいましたし肩も痛いまま。浪人して大学卒業したくらいの歳だったので、中途半端にやってまた1年で切られたり、中途半端な年齢で社会に出なくてはいけなくなったりするなら、若いうちから違うことをしようという淡い期待を持っていました。でも野球から逃げ出したいだけだったのかもしれません」

★苦難の日々を支えてくれた人

 まずは飲食業に就いた。
「自分にできることも分からなくて、現役中に出入りしていたし、周りに知り合いもいたし、成功したら稼げる、そんな思いでした。結果的には安易な選択だと思いますが、考える選択肢がありませんでした」
 漠然と入ってしまったため心身ともに疲弊する日々。そんな時に『資格ガイド』の本を買い与えてくれ「世の中にはこんなにたくさんの職業がある」と教えてくれたのが当時の彼女であり現在の妻だった。
 その中で目に留まったのが公認会計士だった。
「簿記の知識を活かしてビジネスの世界で活躍しようみたいなことが書いてあって“そういえば高校の時に簿記の資格を取ったな”と繋がったんです」

 だが合格するまでには9年の時間を要した。途中で投げ出したくなることもあったが、その際も現在の妻がゲキを飛ばしてくれた。
「僕の心を見透かして“プロ野球も会計士試験も中途半端で投げ出した人間がどうやってコンサルティングだとか人のサポートをして生きていくんだ。まるで説得力が無いから、死ぬ気で受かるまでやれ”と。これで覚悟が決まりました。人生のターニングポイントはここだったと思います」

★勉強とスポーツは同じ

 同時に大きな気づきも得た。
「会計士の試験勉強とスポーツでパフォーマンスを上げていくという取り組みは、根本的・本質的なところ何も変わらない。それに気づいてからは勉強が身近で楽しくなって成績が爆上がりしていきました。そこから2年後の試験で受かりました」
 何も変わらないものは、目標からの逆算だ。「何が足りなくて何を強化していく必要があるかを考える。なんで打たれたのか?抑えるためには何が足りないか?課題を見つけて、具体的なアプローチを考えるということはスポーツをしている際に当たり前にやっていたんです」と、まったく異なる挑戦をしているわけでは決してないと悟った。

 そこで目標に向けてのスケジューリングはもちろんだが、長時間座っても苦にならないように体幹を鍛えたり、睡眠の質を高めるためのマネジメントをしたりもした。すると、成績はグングンと上がっていき、「できなかったことができるようになる」快感も生まれ、どんどんと勉強にのめりこんでいく好循環で、ついに超難関の試験を突破した。

★引退後の価値になるもの

 だからこそ知ってもらいたいのは「現役時代に当たり前にやってきたことが実は将来生きるスキル」だということ。現役時代から「引退後のために、これをしておいた方がいい」と受動的に何かするわけではなく、競技力向上 のために目的意識を持って日々取り組めば、練習の効果も上がり、引退後も「考える対象が競技から変わるだけで、生きるスキルになる」と断言する。
「むしろスポーツに取り組むことが引退後の価値になるとポジティブに捉えるべきです。その価値観が根付いていけばアスリートのキャリア問題は勝手に解決すると思います。だから“スポーツしかできない残念な人間をいかに社会復帰させるか”みたいなイメージのセカンドキャリアサポートではいけません。極論言うとセカンドキャリアというものは転職でしかないんです」

 その言葉を体現するかのように、現在は公認会計士の仕事に留まらず多岐にわたり、アスリートのキャリア支援や講演・研修も、学生から阪神をはじめとしたプロアスリートにまで幅広く行うなど、多忙ながらも充実した日々を過ごしている。

 その原動力は現役時代の後悔や試験勉強の際に苦しい思いをしながら得たものだ。
「野球選手の時に“プロになってしまったことで満足してしまった”という反省を活かして、常にチャレンジを続けていくことが重要だと思っています。そういう環境に身を置かせてもらい、常に何かやりたいことにチャレンジできることが楽しいですね」
「今となっては、すんなり試験に受からなくて良かった。試行錯誤した経験値が今に生きています」
 そう語る表情は輝いていた。現役中の後悔、引退後の苦労、そこからの成功。そのすべてが奥村さんを突き動かし、奥村さんの説得力や信頼に繋がり、社会への大きな貢献や還元が続いている。

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