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オリンピックにあと一歩届かずもカーリングの魅力を伝え、自身の可能性も追求する日々

★これまでのキャリア
●1989年 長野県軽井沢町に生まれる
●1996年 カーリングを始める
●2005年 日本ジュニアカーリング選手権優勝
●2008年 中部電力に入社
●2013年 日本代表決定戦で敗れソチオリンピック出場を逃す
●2014年 日本選手権4連覇を達成。この年に引退
●現在 解説者として活躍

★母に連れられ出会ったカーリング

 2月6日に開幕し熱気を帯びるミラノコルティナオリンピック。今や冬季オリンピックの人気競技ともなったカーリングで、スタジオ解説者やワイドショーのゲストとして人気を博しているのが市川美余さんだ。中部電力カーリング部時代に日本選手権4連覇という偉業を果たしながらも、目標としていたオリンピックにはあと一歩届かず引退。だが、今も充実の日々を過ごし、さらなる夢も描いている。 

 市川さんがカーリングと出会ったのは小学生の頃。生まれ育った長野県軽井沢町がカーリング競技の実施会場となったことで、母が先にカーリングを始め、それについていくうちに、気づけばストーンやブラシを握っていた。当初は「情熱的にというよりは母についていくくらいの気持ちでした」と振り返るが、中学3年の頃には日本ジュニアカーリング選手権を制した。
高校進学とともに優勝した際のチームは解散。軽井沢高に進学してからは、チームには所属せず普段はアルバイトをしており、冬になると助っ人要員で呼ばれ様々なチームに加わった。
「この時期が楽しかったですね。チームによって戦い方や過ごし方が違って面白かったです」
 高校で競技は辞めて進学しようと考えていたが、市川さんに大きな転機が訪れる。

★日本選手権4連覇、その先にあった届かなかった五輪

 中部電力がソチオリンピックを目指して長野支社にカーリング部を立ち上げるにあたり、地元の市川さんに声がかかった。
「2・3回は断ったんです。進学して体のこととか英語を学びたいと思っていて。でも母に相談したら“あんたのやりたいことってカーリングやりながらでも、できるんじゃないの?”と言われて、“そうかもな”と思ってチャレンジすることになりました」
地元出身者たちでチームを結成し、発足当初は「チーム青森なども強くて壁になりました」と振り返るが、そこにジュニア世代での活躍が著しかった北海道出身の藤澤五月選手(現ロコ・ソラーレ)が加わり、チームは瞬く間に力をつけていく。2011年に日本選手権を初優勝すると、連覇はそこから4年続いた。
 それでも、2位以内に入らなければオリンピック出場が絶たれる2012年のパシフィックアジア選手権は大きなプレッシャーがあり「毎晩、夢の中にカーリングが出てきて勝ったり負けたりしていました」と振り返る。ここでなんとか日本の出場枠確保は果たしたが、大一番となる2013年の世界最終予選代表決定戦では北海道銀行フォルティウスに敗れ、オリンピック出場の夢は絶たれた。
「初挑戦の若い私たちに対して、ベテラン中心の層の厚いチームに経験値の差で負けてしまいました」

「でも、当時できることはすべてやれたと思います」と話すように、攻撃的なカーリングを目指し、日々ハードなトレーニングをしていたため、すぐに「もう1回4年後に」という気持ちにはなれなかった。4連覇を果たした日本選手権を最後に、引退を決めた。

「ソチオリンピックを最終目標のように捉えていたので、オリンピックに行けても行けなくても辞めるつもりでした。“ここから先は会社のためにではなく自分のためにやってほしい”とも言ってもらえたのですが、自分のためにもうあんなに頑張れないなと思いました」

★すべての経験が“今”の力に

 引退後に結婚し、2人の子育てもしながら働いている。解説者業も板についているように見えるが「結構感覚でやってきたので言語化とか難しいです。今も大丈夫かな?と思いますし緊張します」と謙虚に語る。滑舌を良くするためにトレーニングをしたり、読書をして理論立てて話したりするように訓練したという。
また、社業の経験も今に活きている。成績の上昇とともに徐々に軽減されていったというが、チーム発足当初はフルタイムで勤務。終業後に帰宅してから練習というスケジュールだったが「社会人経験はやっぱり大事でしたね」と振り返る。
「検針業務の部署にいたので、検針員さんやメーカー機器の管理をしていました。体力的には大変でしたが、今となれば仕事もカーリングも組織で動いていることを学べたのは、とても良い経験でした。私は今フリーで活動していますが、どんな仕事でもいろんな人がサポートしていることがわかったので、今に活きています」

そして、高みを目指した日々はかけがえのない財産だ。
「オリンピックでのメダルを獲得するために、筋力に加えメンタルトレーニングも力を入れていましたし、カーリング選手に必要な人としての器の大きさをどう大きくするかの試行錯誤をしていました。その経験から何事も多角的に様々なアプローチをすることの大切さを実感しています。また、子育てが落ち着いたらピラティスのインストラクターも再開して、アスリートを支えることもしてみたい。これも現役時代の経験からつながっていると思います」
 
カーリングの魅力を伝える活動に加え、自身の可能性もさらに追い求めている姿は現役時代に負けない輝きを放っている。

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