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プロ野球選手から農家に 挑戦支える現役時代の貯金と体力、素直な向上心

★これまでのキャリア
●1991年大阪府生まれ
●2002、2003年 長曽根ストロングスの一員として全国大会連覇
●2007年 高知・明徳義塾高で2年生ながらサヨナラ打を放つなど甲子園16強に貢献
●2011年、12、13年 拓殖大で投手に専念し東都大学2部リーグで3度、トップの防御率を残す
●2015年 社会人野球Hondaでの活躍が認められ楽天にドラフト5位指名を受ける
●2019年 プロ初勝利を挙げるなど自身最多の28試合に登板し8勝を挙げる
●2023年 現役引退
●現在 宮城県黒川郡大和町で農業生産法人「大輪(たいわ)」で働き、修行後の独立を目指している

★活躍続けるも「プロには行けないと思っていた」

「今日は朝からさっきまで白菜を収穫していました」
 石橋良太さんはそう声を弾ませるが、楽天の投手として活躍していた数年前から考えると「まさかの農業ですよね」と率直に話す。

「今まではお呼びがかかってプレーする場所が決まってきたので、こうやって自分で選択したっていうことは初めてかもしれない。いろんな縁を感じます」
 野球は小学生の頃から強豪の長曽根ストロングスに入った。野球を特別やりたかったわけではないが、母が小学校のチームを決めた。厳しい練習で鍛錬し、小学5年時と6年時は全国大会で優勝した。
 中学以降も浜寺ボーイズ、明徳義塾高、拓殖大、Hondaと強豪でプレー。大学1年の春まで投打二刀流でプレーしていたが「レベルが高くて野手は無理だと思いました」と2年以降は投手に専念した。甲子園、東都大学野球、都市対抗野球とそれぞれのトップレベルで活躍。2015年に楽天からドラフト5位指名を受け、プロ入りと同時に結婚もした。
 順風満帆と思われてもおかしくないが「高校・大学の時はプロに行けると思っていませんでしたし、Hondaでも入社当初は周りの投手に圧倒されました」と振り返る。自己評価は高くなかったが「その分、頑張りました」という成果が社会人2年目に開花。晴れて、幼い頃からの憧れたプロの舞台に立つことになった。

★育成契約となるが復活

 新人でいきなり開幕一軍入りを果たし3月下旬にはプロ初登板も果たしたが「プロのレベルの高さを痛感して2年目で終わると思いました」と言うように、自信に溢れた時期はほぼ無かった。2年目には故障も重なり戦力外通告。育成選手契約となった。
 だが、そこから這い上がった。「逆に開き直ることができました。周りの目を気にせずにやろうとした結果、やっていたことが上手くいき始め、小さなチャンスをモノにして行くことができました」と振り返る。
 プロ3年目途中の2018年に支配下選手に復帰すると、2019年には先発を任されるようになり、キャリアハイとなる8勝を挙げた。それでも「先発が合っていたこともありますが、怖いもの知らずでしたね。ビギナーズラックというか、相手も自分のことを知らないし、自分も相手のことを知らないということが大きかったです」と、謙遜でもなく正直な思いとして語る。
 2020年以降からの4年間は通算3勝。「クビになりそうなところでなんとか踏ん張って、便利屋としてやれたかなと思います」と冷静に分析する。2023年に戦力外通告を受けると、「最後までやりきりましたし、一軍でも上手くいかなかったので」と、トライアウトも受けずにきっぱりと引退を決めた。

★農業なら若手

 引退した翌年は解説業に加えて、農作物を販売する事業もしていく中で「1次産業にすごく興味を持ったんです」と農家への転身を決めた。
「高齢化や担い手不足ということがあらためて分かって、野球で30代はベテランですが、農業ならバリバリの若手。自分にチャンスがあるんじゃないかと思ったんです」
 立ち上げの資金は現役時代の貯金から捻出した。
「2年くらい乗り切れるくらいの貯金がありました。年棒が上がった時に“この分は回そう”と貯金しようと思ったんです。だいたいどれくらいあれば、こういう生活ができるという試算は出していたんです」
 浪費してしまう現役選手も多いが「倹約家ってわけではないけど、ブランドものをメチャクチャ買うわけでもなく、この生活費で生活ができているから使わなかったというだけです」と落ち着いた口調で話す。

★野球と同じで一生懸命にやらないと自分に返ってくる

「野球やっていて良かった。トレーニングしていて良かったなと思います」と、体力仕事の農業にも鍛錬の日々が生きている。
 プロ野球の何万人の前でプレーする緊張感を味わうことはできないが「物足りないとかは全然無いですよ。きつかったので安心感の方が強いですね」と笑う。一方で「農業も野球と同じで一生懸命にやらないと自分に返ってきますから」と使命感は常に抱いている。
「自分の作った野菜がスーパーに並んでいることや、目の前で食べてもらう姿を見ると嬉しいですね」と声を弾ませる。野球との縁も残っており、同じ楽天OBの銀次さんらとともに野球教室もしている。家族も3人の子供たちが加わり、幸せな日々だ。
「何も分からない農業の世界だからこそ素直に、一から勉強したいという思いも強かったんです」と、様々なことを学びながら「3年間の修行後に独立できるように、農業法人としてしっかり稼働できるようにしていきたいです」と展望を語る。

 セカンドキャリアを考えるアスリートたちへのメッセージを聞くと、「偉そうなことはまだ言えません。でも、なんだろうな・・・」と戸惑いながらもこう答えた。
「競技を頑張ってきた経験があれば、次の世界でも継続して頑張れると思うんです。なんでも野球に置き換えてポジティブに捉えています。最初から上手くできなくて当然なのは一緒。そこから精一杯一生懸命やれば、なんとかなるよって思います」
 そう明るく笑う石橋さん。現役時代から地に足をつけて、もがいてきたが、それは活躍する場所がマウンドから畑になっても変わることはない。

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