「選んだ道を正解にしていきたい」ソフトボール金メダリストが女子サッカーのGMに
★これまでのキャリア
●1982年 神奈川県茅ヶ崎市に生まれる
●2000年 厚木商高から日立高崎入社 女子ソフトボール部入部
●2004年 アテネオリンピック銅メダルを獲得
●2008年 北京オリンピックで金メダルを獲得
●2010年 前年限りで引退し、創部された東京国際大の監督に就任
●2015年 創部5年目で全日本大学選手権初優勝に導く
●2018年 日立高崎の後継チームであるビックカメラ高崎ビークイーンのコーチ就任。18年、19年と全日本総合選手権を連覇
●2020年 コーチを辞め病気の母の農園を手伝う
●現在 2025年から女子サッカーチームのザスパ群馬レディースのGMを務める

★悔しい銅メダル
野球好きだった父の影響で中学2年までは野球をしていた。1番の自慢はプロ野球のオールスターで始球式をしたこと。打者はイチローさん、捕手は古田敦也さんという球界を代表する選手と大観衆の緊張に飲まれることもなく、投球はど真ん中。この光景は今も強く記憶に残っている。
中学2年の時に所属チームの活動が休止になったこともありソフトボールの世界へ。厚木商を経て日立高崎に入社。4年目の2004年にはアテネオリンピックに出場した。
だが金メダルが期待された中で銅メダル。三科さん自身も「全然打てないまま、あっという間に終わってしまいました」と悔しさを味わった。引退を考えたこともあったが周囲の説得もあり現役を続行。1年間は代表活動を辞退して自チームの宇津木麗華監督ともに長打力向上に注力し、2年連続で日本リーグの本塁打王になるほどにまで成長し、2回目のオリンピックとなる2008年の北京大会に臨んだ。

★使命を果たした金メダル
この大会を最後にソフトボールはオリンピックの実施競技からは外れることが決まっていた。
「(このままでは)子どもたちがオリンピック選手になりたいという夢を持っていても、その夢を叶える場所がなくなってしまう。だからこそ、アメリカではなくてアジアの日本が金メダルを取ることが、(実施競技復活への)アピールに繋がる。そう思って“子供たちの夢をつなぐためにも勝とう”というのが、その時のメンバーの思いでした」
また、オリンピック経験者として後輩たちには「五輪への先入観を持たせないように、明るく、楽しく、やってきたことをやるようにしました」と振り返る。そんなベテランから若手までが一体となった日本代表は決勝でアメリカを破り、金メダルを獲得。三科さんは二塁手のポジションから歓喜の輪に飛び込んだ。
その喜びとともにアメリカ代表選手たちの振る舞いにも感銘を受けたという。
「(これまでのオリンピックで)ずっと勝ってきているアメリカが、負けてしまったのに、負けた相手に“一緒に写真を撮ろう”と言える。すごいなと思いました」
★母との最期の時間、高齢出産
2009年、引退後すぐの28歳で東京国際大の監督に創部とともに就任。わずか9人の部員から始まったが、そこから5年で大学日本一という快挙を果たした。18年と19年には日立高崎の後継チームであるビックカメラ高崎ビークイーンのコーチ就任し、ここでも全日本総合選手権を連覇。指導者として順調なキャリアを歩んでいた。
だが2020年、三科さんの姿は埼玉県の畑にあった。3年前から畑で農業をしていた母が病気で体調を崩していたからだ。
「18歳で実業団に入った時に実家を離れて、引退後も監督コーチをしていたので“一緒に何かをやれたらいいな”と思い、畑を手伝うようになりました。母の活力になるようにいろんなイベントも開催しました」
その年の末に母は亡くなったが、最期の時間を長く過ごすことができ、結婚の報告もできた。2022年には40歳で第一子となる男の子を出産。かつてのトップアスリートとはいえ高齢出産は「つわりも酷かったし、出産も緊急手術による帝王切開でした」と振り返るように大変なものだったが、大きな幸せを手にした。
★サッカー界へ
ザスパ群馬レディースからGM職の話が来たのは、それから約2年後。群馬県の太田市で「地域活性化を目指し、女性アスリートがもっともっと日の目を浴びて輝ける場所を提供しながら、地域から愛されるスポーツチームを作りたい」という熱意あるオファーをもらった。サッカーは未知の世界であったため最初は断ろうと思っていたというが、その理念に惹かれ入団を決めた。
「女子スポーツもそうですし、子供たちの環境も、“やりたいけどやれない環境がある”と耳にしたので、その環境作りに、微力でも手助けできればと思いました」
指導者人生と同じく、2024年に設立されたばかりの真新しいチーム、環境でのスタートとなった。
★様々な経験を還元
仕事の幅は広く、スポンサー営業や行政とのやりとり、イベント運営、練習や試合の帯同などと幅広い。
現在3歳の子供の育児と仕事を両立。「寂しくさせてはいけない」と母としての息子との時間も大切にしながらも、大変といった感覚も無いそうで「本当に楽しいんです。頑張っている選手たちを見ると心を動かされます。使命や責任は感じるけど、仕事という感覚ではないほどです」と充実の日々を送る。
サッカーの専門的な知識は持っていないが、アスリートとして共通する気持ちの持ち方や準備は伝え、選手からの相談にも乗る。
「女性アスリートとして現役を 10年、指導者 を10年やって、結婚や出産も経験したので、そのような点でも選手が求めていたら、伝えることができたらいいなと思います。また、生理不順など体の変化にも、ちょっとした助言ができればいいなと思いながら取り組んでいます」
チームは今季から群馬県1部リーグに昇格。今はまだフルタイムで本職の仕事をした後、夜に集まって練習をするスタイルだが、将来的には日本女子プロサッカーリーグ(リーグ名称:WEリーグ)への参入を目指している。そのための環境整備についても力を入れる。
「今の環境でもひたむきに練習に励んでいる姿が試合でも出ますし、本当に心を打たれますね。こうした姿がもっと伝われば、もっと多くの人に見てもらえるかなと思います」
常に精力的に動き続ける三科さん。
「現役を辞める時もコーチを辞める時も未練はまったくありませんでした。でも、どちらかというとネガティブな性格なので、後悔もたくさんある。その経験を忘れずに、今携わってくださる方に感謝しながら、選んだ道を正解にしたいんです」
そう力強く話す姿からもわかるように、情熱と愛情を注ぎ続ける日々は、これからも続いていく。

メールでのお問い合わせ
お電話でのお問い合わせ
0120-964-001
土日祝日を除く月~金 10:00 ~ 17:00
