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 「アスリート経験」が基盤になっている今の自分

★これまでのキャリア
●1987年 香川県丸亀市に生まれる
●2004年 兵庫・日ノ本学園で快速アタッカーとして活躍 
●2009年 大阪体育大4年時に第25回夏季ユニバーシアード(セルビア・ベオグラード開催)大会で女子サッカー競技日本代表入り。銀メダル獲得
●2010年 サッカー選手を退き大阪府内で福祉支援員と小学校チームのコーチを務める
●2012年 地元に戻り、中学生女子クラブサッカーチームの監督などを務める
●2013年 AO試験で丸亀市役所職員に採用される
●2016年 スポーツ推進課ホームタウン推進室で「丸亀なでしこスマイル☆サッカー交流大会」の創設に尽力
●現在  2022年度より丸亀市役所市民課に勤務中

★日ノ本学園で学んだ「チームビルディング」

 小学校1年生から男の子たちに混じって丸亀城南サッカースポーツ少年団でプレーしていた山脇さん。地域選抜チームでキャプテンを務めるなど、才能は当時から折り紙つきだった。丸亀南中では一度は陸上部に入るも2年生からは再びサッカー部でプレーする傍ら、屋島ボニータで大人に混じり女子サッカーをプレー。屋島ボニータに先輩がいた縁で高校女子サッカーの名門・日ノ本学園に越境入学する。
 
 「これまで自分が一番うまかった」山脇さんだったが、ここで大きな挫折を味わうことに。レギュラーをつかむのは最上級生になってからとなったが、それは同時に人間的成長を促す期間でもあった。
 
「当時、サッカー部監督だった上嶋明先生(現・学園事務局長)に人格、人間性を変えてもらいました。サッカー選手である前に1人の人間であり、1人の学生であり、授業をしっかり受ける。宿題も出す。やるべきことをやらず、ルールを守らないで、どうしてサッカーができるのか。気付いたらすぐ動く。動かなかったら気付いていないのと一緒。チャンスを自ら見逃さない。そこから始まって様々なことを学びました。それは今になっても活きています。困っている人がいたら『どうして困っているんだろう』と考えますね」

 ピッチ内での教えも数多く現在の仕事に活かされている。
 「私が今仕事をしている市役所内の業務では、職員の皆さんを仕事の歯車が回るようにどう配置するかも大事になるのですが、実はそこはサッカーでやってきた観察力や洞察力が活きる部分。明確な目標に対してのチームビルディングはサッカーも今の仕事も同じですね」

かくしてサッカー選手として、そして人間としての基盤を築いた山脇さんは大阪体育大へ進学。現実的に描いていた夢でもあった、当時日本女子サッカー界の国内トップクラスだった「TASAKIペルーレ」でのプレーを目指し、さらなる研鑽を積むことになる。

★目指していた夢が消え、サッカー選手から新たな道へ

 山脇さんは「監督の求められていることが理解できた」コミュニケーション能力の高さと快足を利して大阪体育大でのキャリアも順調に推移させる。1年時にはスーパーサブとして決勝で国立競技場のピッチに立ち、全日本女子サッカー選手権大会優勝に貢献すると、2年時も同大会準優勝。4年時には関西地区から唯一、セルビア・ベオグラードで開催された第25回ユニバーシアード競技大会の女子サッカー日本代表に選出され、銀メダルを獲得した。

 当然、周囲の期待は日本女子サッカー界最高峰・Lリーグでの活躍。ただ「山内典子」の名は大阪体育大卒業後、サッカー界から突然消える。その理由は……。
「自分はユニバーシアード代表で一番下手でしたし、活躍もできなかった。そこで『なでしこジャパン』を目指すことは無理だと感じましたし、2008年にはTASAKIペルーレも廃部になったんです。そこで先が見えなくなりました」

 複数のLリーグチームからオファーがかかるも「自分の稼ぎでサッカーができるとは思えない」ときっぱり選手生活を諦めた山脇さんは、「サッカーをしていない山内典子は、世間から認められるのだろうか」と悩みつつも大阪府内で偶然にも募集がかかっていた福祉支援員と小学校サッカーチームのコーチとして新たなスタートを切る。

 約2年後には香川県内で新規に立ち上がった中学生女子クラブサッカーチームの監督オファーを受け地元に帰還。ただ体調を崩し数ヶ月で退職した後は、丸亀市内の福祉事業団で勤務していた山脇さんに母親がこう声をかけた。

「丸亀市役所がAO試験で職員を募集しとるで」
 実績十分の山脇さんは3人の合格者に名を連ねることに。こうして2013年4月、丸亀市職員としての日常がスタートした。

★サッカーの「逆算思考」を市政に活かす

 採用後すぐスポーツ推進課ホームタウン推進室に配属された山脇さん。ここで、J2に昇格したカマタマーレ讃岐のホームタウン丸亀市とアウェイサポーターをつなぐPR活動や、少女サッカー大会「丸亀なでしこスマイル☆サッカー交流大会」の立ち上げに携わる。

 「当時室長だった村尾剛志さん(現・丸亀市まなび文化課課長)に引っ張って頂いて、自分のやりたいことをやらせてもらいました。丸亀なでしこスマイル☆サッカー交流大会の立ち上げについても『明治時代に丸亀市内で女性がサッカーをしていたように、いきいきとしていることをアピールしたいんだよ』と励ましてもらったのはありがたかったです。
 そして、地元の友達はじめ、皆さんにも協力してもらいました。スポーツの輪がつながっていく力を感じましたし、そこに裏方として関われることが嬉しかった。サッカーのように目標達成というゴールからの逆算で考え、大会を成功させることが楽しかったです」

 2022年4月に異動した市民課での活動4年目。結婚し3人の子どもにも恵まれた私生活含め「本当に人に恵まれています」と話す山脇さん。「子どもを育てるにもスポーツ栄養学とかが役に立っています」と笑う表情は、すっかりわが子を慈しむ一主婦のそれだった。

★現役アスリートへのメッセージ「その経験は、きっと誰かを支える力になる」

 最後に山脇さんに現役アスリートへのアドバイスをお願いすると「自分はユニバーシアード代表で自分の限界を知ったし、やりきった感がある。だからトップアスリートではないですよ」と注釈を付けた上で、こんな日々の逸話を披露してくれた。

 「何の仕事をしてもアスリート経験は役に立つんです。子どもがスポーツに関わってくれたらそれも成功ですし……。そういえばこの前、一番下の子と一緒に丸亀市民球場まで遠足に行った時、一緒に行った男の子とボールを蹴って『うまいやん』と言ったら、しばらくしたら男の子の親から連絡があって。
 『あの日サッカーをしてからサッカーが大好きになって、サッカー教室に通うようになったんです。サッカーをするきっかけを与えてもらってありがとうございました』と言われたんですよね。だから、どんな道に行ったとしてもアスリートになって活かせることはあると思いますよ」

 将来の夢は「子どもが育ってくれて、夫婦健康で老後を幸せに暮らす」と現役時代さながらのアグレッシブな発言で締めた山脇さん。アスリート時代に培った基盤は、今も確かに彼女のDNAとなっている。

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