「1番になりたい」から「みんなが楽しい」へ 元競輪女王の意外な転身

★これまでのキャリア
●1994年 岡山県真備町(現倉敷市)に生まれる
●2013年 日本競輪学校(現日本競輪選手養成所)に入学
●2014年 ガールズケイリン選手としてデビュー
●2021年 ガールズグランプリで初優勝。年間獲得賞金2603万6千円で賞金女王となる
●2022年 4月に現役引退を発表
●現在 解説などの競輪関連の仕事に加え、犬猫保護活動、自立支援型ホーム運営を行う
★頂点を目指し、走り出した日々
幼少期は岡山県真備町(まびちょう/現倉敷市)に生まれ、その地の偉人である吉備真備(きび・まきび)にちなんで、まきびと名付けられた。自然豊かな環境で身体能力を育み、小学5年からは東京都町田市へ。中学入学時からハンドボールを始め、東京都選抜でジュニアオリンピック3位に入る活躍を見せたが、文化学園大杉並高校時代は2・3年時に全国大会出場を逃すなど、思うような活躍はできなかった。
そこで競輪選手になることを決めた。
「何かの世界で1番になりたいという思いがずっとあって、ハンドボールを始めたのも、中学校の部活で一番強かったから。でも高校で目立った成績を残せず限界を感じました。競輪を選んだのは、個人競技にも興味がありましたし、他競技から転向してきた選手が活躍することも多いところに惹かれました」
2014年にデビュー。そこから頂点に立つまでには7年の月日を要したが「最初から勝てたわけではなかったので、勝つことの苦労も勝ってからの苦労も経験することができました」と振り返る。
★頂点の先に見えた、次のステージ
ガールズケイリンの頂点に立ってからわずか4ヶ月の2022年4月、電撃的に引退を発表した。
「1番になるまで辞めないと決めていました。そのあとは、もう一回頂点を目指したい気持ちと新しいことへの挑戦を天秤にかけて、本気でやりたいと思う方に行くことに決めました。公営競技でお客さんのお金が賭けられているので、半端な気持ちで走ってはいけないと思いもありました」
頂点に立ってからの日々は、毎日涙が止まらないほどだった。他に目指したいこと、できることも見えず、苦しい葛藤の日々だった。
そんな時、思い浮かんだのが、犬猫の保護活動だ。小学6年時から里親募集を通じて迎えた愛犬を飼っていたこともあり、犬猫の保護活動には興味があった。現役時代は競技に精いっぱいで何もできない状態が辛く、情報を遠ざけていた。また、引退したとしても、どうしていけばいいかわからなかった。持続可能でなければ、お金が回らなくなってしまえば、保護した犬猫たちが再び路頭に迷ってしまうからだ。
練習にもレースにも身が入らない中で手を差し伸べてくれたのが、デビュー2年目から指導を買って出てくれていた高木隆弘選手だった(姓は同じだが親戚関係ではない)。
「こういう施設があるよ」と事例を出してくれたのが、犬猫の保護活動と福祉施設の運営を結びつける現在の形だ。 その話を聞いた夜からさっそく動き出し、現役引退と、その後の転身を決めた。
「きれいごとだけでは続かない世界。保護した命を守り続けるには、お金を“回せる仕組み”が必要です。だから私は、保護活動をボランティアにしないと決めています」

★3つの柱で築く、新しい生き方
現在は競輪の解説やイベント出演と並行し、犬猫の保護活動、自立支援型ホームの運営の3つを柱として日々を過ごす。競輪場で保護犬・保護猫活動のブースを開いたり、施設では障害のある利用者と保護犬がともに生活し散歩や世話を通じて自立を目指したり、「2つ以上の分野にプラスがあるように」と積極的に“コラボ”を仕掛けている。
犬猫の保護と自立支援型ホームの組み合わせではこんな事例もあった。
「例えば、駅までの道を覚えるのが不安で外出をためらっていた方が、犬の散歩をきっかけに外へ出られるようになったこともあります。“自分のため”だと難しくても、“この子のため”なら頑張れる。動物の力って本当に大きいんです」
競輪選手時代は「1番になること」を目指し突き進んでいたが今は違う。
「今は“1番じゃなくていい”がテーマです。誰かと競う世界ではないのではないので、みんなが楽しければいいという感覚。利用者さんが笑ってくれたり、ワンちゃんの家族が決まったり、今はそうしたことに一番幸せを感じます」
一方で競輪選手としての経験も、今の活動を支えている。
「正直、選手の時の緊張感に比べたら今は何があっても大丈夫だと思えるんです。常に賞金ランキングに追われる感覚などを経験したからこそ、心の耐久力はつきました」
一方で、やりすぎたとも振り返る。
「競輪、競輪、競輪…と集中しすぎてしまった。1つのことを極めるのは得意なのかもしれないけど長く続かなかった。だから今は、あえて複数の軸を持っています。何かに行き詰まったら、別のことを考えるようにして、少し離れることで良いアイデアが浮かぶこともあります」
現在の目標は、保護犬・保護猫をゼロにすること。そして、30代のうちに新たな施設を作ることだ。そのためには貯金も勉強も大切。ドッグトレーニングを学び、それを障害のある人の就労支援につなげたいという構想もある。
「誰かを噛んでしまうような人に慣れていない犬も、逆に人が大好きな犬も、どんな子にも生きていける場所は必ずある。その場所をひとつでも多く作りたい。その過程を仕事にできたら、犬にも人にもプラスになるのかなと思います」
競輪で培った“極める力”を、今は社会に還元している。

★現役アスリートへのメッセージ「心の方向性を尊重した選択を」
最後に現役アスリートへのメッセージをお願いした。
「アスリートの可能性は、本当に大きい。競技に全力で向き合った経験は、必ず次の人生で武器になります。あと思うのは “(選手を)続けること”だけが正解じゃない。やりたいと思えることが見つかったなら、勇気を持って動いていい。一番にならなくてもいい世界もあるし、勝ち負けのない幸せもあります。自分の心がちゃんと動く方向を、大事にしてほしいなと思います」
すべてを競技に注ぎ込んだ日々があったからこそ、現在の高木さんは幅広い視野を持ち、人間も動物も命あるすべてのものが心身ともに豊かになれるよう、走り続けている。
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