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 「出逢いに感謝」を重ね故郷・愛媛県の食を提供する

★これまでのキャリア
●1975年 愛媛県宇和島市に生まれる
●1993年 愛媛県立宇和島東高校3年時に春夏連続甲子園出場
●1996年 日本体育大中退後、近鉄バファローズの入団テストに合格。ドラフト7位指名を受けプロ野球選手となる
●2000年 プロ入り2年で戦力外通告を受け現役を引退。愛媛県今治市内で2年間就業後、故郷に戻り水産養殖関連会社の営業職へ
●2005年 独立し地元の鰤や鯛など鮮魚を販売する「有限会社アクアプラス」を創設
●2008年 海鮮・相撲茶屋「うわじま場所」1号店を宇和島市内で開店。飲食業に進出
●2010年 宇和島グルメを提供する回転寿司「すしえもん」を展開
●現在  10店舗以上を関東地区から九州地区まで展開する傍ら、愛媛飲食「GAINA会」会長として愛媛の美食を広めていく活動に勤しむ

★今につながる「高校野球」での教え

「3~4歳の時にはもうバットとグローブを持っていた」と語る岩村さん。小学校4年生でソフトボールをはじめると、ほどなくして野球へ転向。宇和島市立城東中での活躍が認められ、高校は名将・上甲正典監督が率いる宇和島東高校へと進んだ。

 当時は「お金を払っても二度とやりたくない」と思うほど厳しい練習の日々。ただ、今になってみると、指導者としての取り組み方の凄さがわかると岩村さん自身も振り返るように、そこには様々な意図が含まれていた。

 大人になって監督と普通に会話した時、上甲監督はしきりにこう言うんです。『高校1年から3年の間は指導の仕方で人間が変わるんだ。』と。今の店舗で働く高校生のアルバイトも徹底して指導すれば成長すると思うんです。僕はその可能性を信じたいし、信じています」

 実は岩村さん自身も人間性を変えてもらった側だった。高校入学当初はやや引っ込み思案だった性格は、最後には堂々と自己主張ができるようになった。小学校時代から務めていた捕手に加え、内野手、外野手と様々な守備位置も経験し、3年時には主軸として春夏連続甲子園出場を達成。夏初戦では4打数4安打を放つなどプロ注目の選手の1人となった。

★運命を変えた再挑戦

 だが、岩村さんは周囲に高卒でプロに行きたいという意思を伝えきれず、最終的には大学進学を選択する。
後悔を抱えたまま、大学野球生活は1年足らずでピリオドを打つことになった。
 1995年は人知れずプロテストを受験し、複数球団で最終候補に残るも大学を中退していたためすぐのプロ入りは叶わなかった。ここで夢を諦めた岩村さんは、地元でフリーター生活の日々を過ごす。一方で、そんな岩村さんの行方を捜す人がいた。近鉄バファローズのスカウトである。
「上甲監督を通じて、僕のためにプロテストをしてくれる連絡をもらったんです。当時は全く動いていなかったので、1ヶ月ほど練習してから藤井寺球場で受験したら絶好調。気持ちよくホームランも打って合格です」
 1996年に3歳下の弟・明憲さん(元ヤクルトスワローズ・MLBレイズ、2大会連続WBC日本代表)と共にドラフト指名を受け、ついに夢見ていたプロ野球の世界へ。しかしその歯車は、1つの些細な認識の違いから大きく狂ってしまう。

 当時、すでに家庭を持っていたため選手寮入りを免除されていた岩村さん。二軍のオープン戦では状態もよく、一軍昇格も視野に入る中、二軍ヘッドコーチから寮内にある室内練習場での夜間練習参加を薦められる。 
「僕は寮に入っている選手だけが参加すると思っていたんです」
 突如、試合起用が減った岩村さん。そこで二軍監督に確認すると、夜間練習の参加は「義務」だと知らされる。練習に参加していないことから試合起用が減ったことに慌てて夜間練習に参加するも後の祭りだった。
「打ったり投げたりには自信がありました。でも結局、試合に使ってもらえないことには何もできない。そうこうするうちに1年目が終わりました」
 さらに2年目は、キャンプ2週目の「一軍キャンプ合流が決まっていた矢先だったんです」というタイミングで野球人生初の肉離れ。その後も度重なるケガに見舞われ、自分の野球に対する気持ちもかみ合わないまま、1998年秋に戦力外通告を受けた。
ヒジのケガもあって諦めはついていたとはいえ、コーチにお礼のあいさつをした時は自分でもびっくりするくらい涙があふれました」

 それは同時に、野球との決別の涙でもあった。

★出逢いに導かれた第二のキャリア

 物事を客観的に考え、フレームを大きくし「出逢いに感謝」で成功へ
 現役引退後は、愛媛県今治市内で2年間パチンコ店の住み込み店員として働いた後、再び地元・宇和島に帰還した岩村さん。今度はいちから職を探し水産養殖会社に就職すると、2005年には「自分がおいしいと思ったものを提供したい」という思いから独立した。それから20年余りが経過した現在、岩村さんは様々な店舗業態を展開し、いまや愛媛の食を人々に楽しんでもらう伝道師的立場にある。

 岩村さんが経営する店舗内にはこんなフレーズがある。
「出逢いに感謝」

「世の中にはタイミングと出逢いというものがある。自分がやりたいだけでは成功しないと思います」
 野球の世界で時に痛みを伴いながら、様々なタイミングと出逢いを会得してきた。さらに自問自答しながらあらゆる状況を考察してきた岩村さんならではの金言だ。

★現役アスリートへのメッセージ「成功の鍵は“感謝”と“相手を察する力”」

 このように多様な経験を成功の糧にしてきた岩村さんが、現役アスリートへ送るメッセージとは。
「相手の求めていることを察知することが大切です。自分が求められる人間になりたいのであれば、その場所の全員が求めていることを自分のやりたいことに変える。そしてもう1つ、恩を受けた人々にしっかり向き合い、どうやって感謝の気持ちを持ってお返しをするか。それが追究できたら成功すると思います。僕はメジャーリーガーになった弟、地元で信頼を築いてきた両親がいたので、裏切りたくない想いが強かった。苦しい時はそんな人々のことを思い出して留まることが大事です」

 こうして愛媛県宇和島市を発祥に、松山市や県外での店舗で「求められている人々」に囲まれる日々を過ごしている岩村さんへ最後に将来の夢について聞いた。
「今、僕を求めている人たちを絶対に裏切りたくない。求められているところに求められているものを作りたい。僕を信じてついてきてくれた店長や幹部が、歳を重ねてみんなで『ありがとう』と言いあえる仲間でありたいですね」

 業態を開拓してくれた先駆者に感謝し、支えてくれる仲間に感謝し「来てくれたお客さんを楽しませる」というコンセプトを貫く岩村さんの信頼をつなぐ旅は、これからも続いていく。

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